管理職になってから、
ふと、こんな感覚に襲われたことはありませんか。
- 以前より明らかに仕事量は増えた
- 責任も重くなった
- 判断も求められるようになった
それなのに――
達成感がない。
成果を出しても、
「それは管理職として当然」と言われる。
問題が起きれば、
「なぜ防げなかったのか」と問われる。
この違和感を、
あなたは言語化できているでしょうか。
多くの管理職は、
この違和感を自分の中に押し込めたまま働き続けます。
管理職が壊れていくのは、能力の問題ではない
まず、最初に断言します。
管理職がしんどくなるのは、能力不足ではありません。
むしろ逆です。
- 真面目で
- 空気を読み
- 周囲を気遣い
- 期待に応えようとする
こうした人ほど、
管理職という構造の中で、静かに削られていきます。
なぜなら、
管理職という役割そのものが「無理を引き受ける人」を前提に設計されているからです。
管理職は「板挟み」になるように作られている
管理職は、常に三方向から引っ張られます。
上司からは
- 数字を出せ
- 問題を起こすな
- 部下をまとめろ
部下からは
- 守ってほしい
- 理不尽な指示を止めてほしい
- 評価で不利にしないでほしい
会社からは
- 方針を現場に浸透させろ
- でも現場の不満は出すな
- コストは抑えろ
これらは、
同時に満たせない要求です。
にもかかわらず、
多くの管理職はこう考えてしまいます。
「自分が間に立てば、何とかできるはずだ」
ここから、消耗が始まります。
「全部引き受ける管理職」が最初に壊れる
あなたがもし、
- 上司の要求を噛み砕いて現場に説明し
- 部下の不満を吸収して上に上げず
- 問題が起きる前に自分で抱え込み
- 火消し役を続けている
としたら。
それは頑張っている証拠です。
同時に、最も危険な状態でもあります。
なぜなら、
その努力は評価にも、記録にも、成果にも残らないからです。
管理職が「報われない構造」
管理職の仕事の多くは、
- 問題を未然に防ぐ
- 衝突を起こさない
- 空気を壊さない
といった、
「何も起きない状態を作ること」です。
しかし評価制度は、
- 起きた問題
- 目に見える数字
- 分かりやすい成果
で測られます。
結果として、
- 何も起きなければ「普通」
- 問題が起きれば「管理不足」
という、逃げ場のない構造が生まれます。
ここで管理職は、心のどこかで思い始めます。
「頑張っても意味がないのではないか」
それでも管理職は「自分のせい」にしてしまう
構造の問題であるにもかかわらず、
多くの管理職は、
- 自分の伝え方が悪い
- マネジメントが下手
- 器が小さい
と、原因を自分に向けます。
これは責任感が強い人ほど起きます。
ですが、
これは非常に危険です。
なぜなら、
構造の問題を、精神力で解決しようとする行為だからです。
管理職が背負ってはいけないもの
ここで、一度はっきりさせましょう。
管理職が背負ってはいけないものがあります。
- 全員を納得させること
- すべてを丸く収めること
- 感情のクッション材になること
- 会社の矛盾を一人で処理すること
これを続ければ、
遅かれ早かれ、心か体が壊れます。
管理職の本当の仕事は「判断を引き受けること」
管理職の役割は、
現場の代わりに苦しむことではありません。
状況を整理し、判断を下し、その責任を引き受けること。
- 何が起きているのか
- 何が問題なのか
- どこで決める必要があるのか
これを見える形にし、
「決める」。
それ以上でも、それ以下でもありません。
「全部を解決する人」から「判断する人」へ
多くの管理職は、
無意識のうちに役割を誤解しています。
× 現場を救う人
× すべてを丸く収める人
〇 判断をする人
〇 線を引く人
〇 背負うものを選ぶ人
ここを切り替えられるかどうかが、
管理職人生を分けます。
まとめ:あなたが壊れる必要はない
管理職がしんどいのは、
あなたが弱いからではありません。
真面目な人ほど、
壊れるまで引き受けてしまう構造にあるだけです。
このシリーズで、あなたに伝えたいのは一つです。
「自分を犠牲にしなければ、成果は出せない」
そんな役割は、もう終わりにしていい。
- 何を引き受け
- 何を引き受けないか
- どこで判断するか
それを言語化できた管理職から、
壊れなくなります。

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